Trill's diary Ⅳ 3

シャーロン市のアパートに戻ってから、私はいつも通りにアミュレット技師として仕事を続けていた。

「伝令」の魔術の中で聞いたんだけど、以前、アミュレット技師を騙して反魔術のアミュレットを大量に手に入れていた、ある教団が火器を不法に扱っていたとして逮捕されたらしい。

なんでも、鳥獣保護区に指定されている山で、その教団の人間が、何かを壊そうとするように銃を乱射していたんだって。

その人物の所在確認をしたら、教団の所属と詐欺の実行犯であることが分かったそうだ。

たぶんディオン山で、結界を壊そうとしていたんだろうなと言う事は察しがついた。

この国では、宗教団体が火器を扱う事は禁止されている。「盲信」と「狂気」が紙一重であることが知られているからだ。

その教団は火器と、詐欺で手に入れたアミュレットも没収されたらしい。

本来の用途以外に悪用されていただけなんだけど、魔力を持った商品のイメージが悪くなるのは、私も一技師ながらに迷惑に思った。


私は、眠る前に考えていた。

物心つく前から、魔力の操り方を教えられ、魔術や魔物の存在は私の中の当たり前だった。

でも、お母さんの言っていた通り、そう思わない人間だっている。魔術を不気味な行為、魔物を害ある者だと教え込まれている人々も、確かにいる。

ベッドに横たわったままの私がいつまでも眠らないので、ルルゴは心配そうに私を見ていた。

「ねぇ、ルルゴ。なんで、わざわざ山の中まで、『闇の者』を殺しに来るんだろうね」

私がそう聞くと、ルルゴは真剣な声で答えた。

「恐らく、『神』を見つけることが出来ないからでしょう」って。

「『神』って?」と、私はルルゴのほうを向いて聞いた。

「人間の一部には、自分達は『神がその身を真似て作った、神の創作物である』と信じている者達が居ます。ですが、その『神』は、姿を持たない」

「『神』が居ることが信じられないの? 教団に入ってるのに?」

「願いが強いか、迷いから来るものかは存じませんが、『神』を信じるために、神が追い払ったとされる『闇の者』を見つけることで、安心感を得たいのではないでしょうか」

「『闇の者』は、古代の神様だって、お母さんの持ってた本にも書いてあったよ?」

「その逸話を信じてしまったら、崩れてしまうような信念しか持てない、脆弱な者達が寄り集まることが恐ろしいのです。それは、この国でも知られている通りです」

「『盲信』は『狂気』と紙一重、か」

「さようでございます」

「ルルゴはさ、魔物なの? それとも、頭の良い唯のウサギ?」

「さて、どちらでしょう?」と、ルルゴは柄になくふざけた調子で答えた。「その謎について考えている間に、きっと眠れるでしょう」

「いじわる」と私が言って私がブランケットを被って目を閉じると、ルルゴのフフッと言う笑い声が聞こえた。


ラックウェラー財団から、ルルゴに直接命令が送られてきた。私を財団が用意したアパートに逃がせ、と言うものだった。

なんでも、近日中にシャーロン市で魔女や魔術師の一斉摘発が行われるらしい。

「なんで?」って聞いたら、「悪質な教団に力を貸したから、だそうです」とルルゴは答えた。

「あれはアミュレット技師が詐欺に遭っただけでしょ?」と言うと、「それを知ることが出来るのは、魔力を持った者だけですから。それより、早く避難の準備を」

と言って、ルルゴは私に手荷物を纏めさせ、「転移」の護符を2部屋の4隅に置いた。

「アリア様、行き先は私が知っております。術の起動をお願いします」と言われて、私は2部屋の中央に座り込むと、床に光の文字を描いた。

術が起動し、私達の部屋は中身が新しいアパートに移った。


財団が用意してくれたアパートは、シャーロン市よりもっと田舎にある、コットムと言う町に在った。

魔女が安全に暮らせる場所、と言うなら、森林地帯に近いラスティリア地方かと思ったけど、全然逆の方向。

砂丘地帯の続く、メルヘル地方だった。地図で言うなら、ラスティリアは西南、メルヘルは東南にある。

「これからは、お仕事も十分注意して行なって下さい。住所などが明らかにならない方法で」と、ルルゴは言う。

こんな砂と針葉樹しかない場所で、どうやって仕事をして行こう。


困ったときは、ウィンダーグ家へ、だ。

私は、現当主であるルディ・ウィンダーグさんに問い合わせ、お屋敷にうかがうことにした。

コットムから直接ディーノドリン市まで走ってる列車が無いので、途中は「バス」に乗らなければならない。

「バス」の時刻表を見ると、1時間に1本あるか無いかだった。

待ちの時間も含めて、約6時間かけてウィンダーグ家に到着した。

へとへとに成りながら、ウィンダーグ家の庭を通り抜け、インターフォンを押した。