魔術師の摘発のことや、新しい伝手も人も居ない場所で、どうやって仕事を探して行こうか、等を、ルディさんに相談すると、ルディさんは、
「財団が用意してくれたのは、恐らく仮の住まいでしょうから、必ずその家に居なければならないと言うわけではないのでは?」と返してきた。
「各地で魔術師が摘発されてるのは、私も知っています。そうですね…主に、中規模の市町村が摘発の対象になって居ますね」
「ラスティリア地方も、安全ではないのですか?」と私が聞くと、ルディさんは「ラスティリア地方で魔術師が多数輩出されているのは、長年の我々の秘密ですから」と答えた。
我々って言うのは、たぶん「魔術を扱う者達」のことだ。
つまり、ラスティリア地方は、魔術師は生み出すけど、外部からの魔術師の出入りは禁止に近いと言う事。
私がすっかり困り果てていたら、ルディさんが、「なんでしたら、当家にしばらく滞在されますか? 摘発の手が緩むまででも」と言ってくれたので、私はその言葉に甘えることにした。
ルディさんが用意してくれた部屋に、仕事道具を「転移」してきて、まずお母さん達に事情を説明する手紙を書いた。
ウィンダーグ家は、郵便業者に頼まなくても、手紙を目的地に送る方法があった。魔力で生きているカササギに、手紙を運ばせるのだ。
「古典的な方法ですが、外部の人間に住所を知られないためには一番の方法です」と、ルディさんは言った。
「外から来るお手紙はどうなるんですか?」と聞くと、「当家は、番地を書かなくても、宛名に『ウィンダーグ家』と書けば届きますから」と言う。
そのくらい知れ渡っているけど、当主が吸血鬼の血を引いていることは全くバレていない、と言うのがこの家の守りが鉄壁である証拠だろう。
ウィンダーグ家の構成をメモしておこう。
前当主、ナイト・ウィンダーグ氏、純粋な吸血鬼。ナイト氏の奥様、エリーゼさん、純粋な人間。お二人の娘、レイアさん、旅する名占い師、現在何処かを放浪中。
現当主、レイアさんの双子の弟、ルディ・ウィンダーグ氏、結婚式を控えている。ルディさんの結婚相手、シャルロッテさん、人間、入籍を済ませたばかり。
使用人、メイドのサーシャ・クレイルさん。小間使いのボブ・アンデル君。護衛のジャン・ヘリオスさん。執事の…名前も分からないけど、たぶんゾンビの人。
それから、何年生きてるか分からないペルシャ猫が2匹と、郵便係の、やっぱり何年生きてるか分からないカササギ。
その他にも、2階辺りに何かが住んでる気配がしたけど、あんまり好奇心は起こさないほうが良いだろう。
私は、しばらくカササギ君に頑張ってもらって、それまで予約を引き受けていた仕事をウィンダーグ家で全部済ませてしまった。
1日5件なんて言ってる暇なかったから、多い時は20件近くアミュレットを作った。
ルルゴは、また私が寝たきりになるのではと心配してたけど、美味しい料理と、仕事の合間のおしゃべり相手に事欠かなかったので、仕事はサクサク進んだ。
仕事が一段落した頃、ウィンダーグ家に、私宛の手紙が届いた。
お父さんとお母さんからのと、テイルからの。その両方を読み合わせてみると、ディオン山は今の所、安全らしい。
今年は夏至の祭も行われるそうだ。
お父さんが、たぶんふざけているんだろうけど、「ナイト達もつれてきたらどうだ?」なんて書いてた。
その事をナイト・ウィンダーグ氏に伝えたら、「本当に出かけても良いなら、今からでも旅支度を始めますが?」と言う。
旧家の前当主、山の祭に行くの巻、かぁ。エリーゼさんは、体力的に山道はつらいと思うので、出かけるならナイト氏だけだろうな。
夏至の祭の3日前の夜、私とランプの中のルルゴとエッジ、それから老紳士に「変化」したナイト・ウィンダーグ氏は、タタンタタンと夜行列車に揺られていた。
ウィンダーグ氏が、小さな皮の薄いオレンジを食べていたので、「そのオレンジ、珍しいですね」と私が言うと、
「昔の東洋の列車の旅では、よく食べられていたものらしいです。おひとついかがですか」と言って、ウィンダーグ氏は皮の柔らかいオレンジをポケットから出して勧めてくれた。
私は「いただきます」と言って、見様見真似で果皮をむいて、薄皮に包まれたオレンジの身を皮ごと食べた。普通のオレンジより酸味が少なく、甘味がある。
その間にも、ウィンダーグ氏は新しいオレンジをポケットから出して、むしゃむしゃ食べている。コートのポケットは全然膨らんで見えないのに、どう言う仕掛けなんだろう。
ウィンダーグ氏が、血を飲まないタイプの吸血鬼であることは、最初に屋敷にお邪魔したときから分かっていた。
列車の旅の間に聞いたけど、食べるのは主に果物、お茶、お酒、それから時々、血の腸詰を茹でたもの、だそうだ。
「偏食」を治そうとして、オイスターやチョコレートも食べれるようになった時期があったけど、今はそんなに無理はしないで暮しているんだって。
トランチェッター地方の、山岳地帯に近い無人駅の名前が車内アナウンスで流れてきた。降りる準備をしなきゃ。
私達が食べ散らかしたオレンジの皮をどうしようかと思ったけど、ウィンダーグ氏がオレンジ色の果皮を集めて両手の中で潰して見せると、果皮は何もなかったように消えてしまった。
私がポカーンとしてると、「これが魔術と言うものです」と言って、ウィンダーグ氏はにっこり笑った。
岩屋に着くと、いつも通り、お母さんが待っててくれた。テイルは、お父さんから「綺麗な字の書き方」を教わっているらしい。私が昔使っていたペンで、紙に色んなつづりを書いている。
お父さんが、ウィンダーグ氏を見て「よー。さすが、ご老体は暇人だね」って言ってきた。お父さんの方が年上のはずだけど。
「引継ぎも終わりましたからね」とだけ、変化を解いたウィンダーグ氏は皮肉を無視して答えた。