Trill's diary Ⅳ 6

祭が終わった朝、お父さんとウィンダーグ氏が眠った後で、私は沢に行ってみた。

ララとテイルがいちゃいちゃしてるんじゃないかと思ったけど、その気配はなかった。

はしゃぎ疲れて沢の中に隠れてる鬼火達の中に、エッジが混ざっていた。

「エッジ。そんな所に居ると、置いてっちゃうよ」と声をかけると、エッジは飛び起きて、「え! もう帰るの?!」って聞いてきた。

「まだ帰らないよ。でも、ウィンダーグ様が一緒に来てるんだから、いつもみたいに長居は出来ないよ」とエッジに言うと、「そんなに急いで帰るのか?」って、背中の方から声がした。

振り返ると、テイルが居た。「昨日は心配したぞ。急に居なくなるから」

私は、まだ自分の中でイライラを解消しきれてなかったらしく、「ララと随分仲が良いようね」って嫌味言っちゃった。

「長い間、顔合わせてるからな」って普通にテイルが言うもんだから、「じゃぁ、たまにしか逢わない私とは、仲が悪くなっても平気よね?」って、さらに嫌味を言った。

「何怒ってるんだ?」と、テイルが聞いてきた。

「そりゃ、テイルも段々大人になってきたから、人の醜美も分かるでしょうし、同じ音楽仲間なら、ララと話も合うでしょ」

私は頭の周りのもやもやに任せて言い放った。

「私、来年の祭には来ないから。じっくりララと音楽の練習して、精々祭を盛り上げてちょうだい」

「トリルが来ないなら、弾かない」ってテイルは怒るでも無く言う。「聞かせたい相手も居ないのに、人ごみを我慢するのは嫌だ」

なんてわがままな奴だ。と、私は思った。「それじゃ、祭は…」

「祭を盛り上げるだけなら、ララ一人で十分だ」と、テイルは平然と言う。「そんなことを怒ってたのか?」

「でも、ララは…その…あなたのこと気に入ってるんじゃないの?」と私が聞くと、「音楽仲間としては、気に入ってもらえてるかもな」とテイルはハッキリしないことを言う。

私が、自分の中のやきもちと、イマイチはっきりしないテイルの答との間で頭を悩ませていると、テイルは何かに気づいたように言い出した。

「俺がトリルを気に入ってるのと、ララが俺を気に入ってるのは、違う。俺はトリルには心を預けても良いと思ってるが、その代わりは居ないしな。

できれば、トリルのほうも、俺に心を預けても良いって思ってもらえると良いなと思って、俺は今、トリルの父さんに鍛えてもらってるんだし」

一般的な男の子の虚勢とかが無いと、こう言うことを素直に言えるんだなぁって言う正直な回答に、私は頭が下がる思いだった。

「俺はララの音楽家としての技量には感心してるけど、心を預けたいとは思わない。それと、ララはピューターのものだし」

「ピューターって誰?」って聞くと、テイルの男友達で、パン神族の笛吹きだけど、数年前に亡くなったと聞いた。

ララは、なんににもとらわれない人だと思ってたけど、死んだ者を思い続けるって言う試練に遭ってたなんて。


私は岩屋に帰ってから、お母さんに相談した。「お母さん。なんで私には他人の心の機微ってものが分からないのかしら」

お母さんは、眠る準備をしながら「分からないって気づいたなら、分かるように努力すれば良いんじゃない?」って答えてきた。

その答えには、あんまり納得できなかったけど、昨日の夜から起きっ放しのお母さんを早く眠らせてあげたかったので、問い重ねるのはやめておいた。

私は、15で山を出た時のまま、ディオン山の中は保存されていると思っていた。

だけど、私が知ってるうちでも、2回大きな「外の世界の者」との戦いがあって、その間にテイルは友人を失っていた。

エドナは恋心を口に出さないまま肺を患って死んでしまったし、ララは自分を思っていてくれた者を亡くして、それでも陽気に笛を吹いている。

そう考えていると、やっぱり私は随分自分がちっぽけな存在に思える。

テイルは、私に自分の心を預けても良いと思っていてくれてるそうだけど、心を預けられても、その心をしっかり受け止められるか分かんない。

テイルはどんどん大人になって行くし、私はまだ何処かで15歳のトリルちゃんのまんまなんだ。

もー、鍛錬が必要なのは私の方じゃないかなー?


とても寝付けなかったので、眠らなくても元気なエッジと一緒に、エドナのお墓参りに行った。

墓石には、「エドナ・ルージェ、此処に眠る。新月の女神へ。彼女の眠りが安息な者でありますように」と、古代文字で書かれていた。

「エドナ、本当に死んじゃったんだ…」と私は呟いた。エッジが、「死ぬってどういうこと?」って聞いてきた。

「体から霊体が抜け出して、帰って来なくなること」って、私は答えた。

「霊体は何処に行っちゃうの?」と、エッジは聞いてくる。

「分かんない。天国って言う雲の上の国に行くって言う人も居れば、宇宙まで飛んで行くって言う人もいる。私は、術を使わないと霊体が見えないから…確かめたことはない」

私がそう答えると、エッジが辺りを見回して、「楽器の音がする」って言うから、私も耳を澄ませた。確かに、ビオラの音がする。

遠い正面の木陰で、黒いドレスの漆黒の髪の女性が、ビオラを弾いている。

「エドナ」って声をかけると、女性はビオラを下ろして、こちらを見て微笑んだ。幼い頃の私と目が合った時、そうしていたように。

そして、その姿は煙のようにすっと消えた。


今年は、ウィンダーグ氏がついていたので、お父さんは山のふもとまで見送りには来なかった。

「随分お悩みなようですね」と、また老紳士に化けたウィンダーグ氏は私の寝不足な顔を見て聞いてきた。「恋の悩みですか?」

「恋ってこんなものなのでしょうか…」と、私はこめかみを押しながら、ショボショボする瞼をこじ開けていた。「ウィンダーグ様には、お聞かせするのもお恥ずかしいです」

「悩むときは、思いっきり悩んだほうが良い」と、ウィンダーグ氏は言う。「悩むと言う事は、深く考えていると言う事。それを、思慮と呼びます。思慮に欠ける事こそ、本当の恥です」

うーん。お父さんだったら絶対言わないような台詞だなぁ、と思いながら、私は出口のあてもない悩みの中で、こめかみをぐりぐりもみほぐしているのだった。