Trill's diary Ⅳ 7

ディーノドリン市のウィンダーグ家で、しばらく仕事を休むことにした。

家具だけおいてあるコットムのアパートがどうなって居るか気になったから、一度、ルディさんと護衛のジャンさんに付き添ってもらって、車で様子を見に行った。

鍵を開けようとして、まず驚いた。鍵穴が壊され、ドアノブが取れかけている。

扉を開けて部屋を確かめると、何かを探し回ったように荒らされていた。ベッドとブランケットは切り裂かれ、羽毛が辺りに散っている。

タンスの中身もぶちまけられ、盗られた物は何もないようだけど、荒らされ方がものすごかった。

「あなたがすぐ当家に来たのは、正解だったようですね」と、ルディさんがアッシュグリーンの瞳に赤い光を灯しながら言う。「魔力を持った物を探した気配がある。これは摘発どころじゃない。魔女狩りも同じだ」

「ルディ様。アリア様。すぐにここを離れましょう。長居は危険です」と、ジャンさんが言った。

私達はその言葉に従って、車に乗り込むと、ウィンダーグ家に舞い戻った。


前当主であるナイト・ウィンダーグ氏が、書斎で私達の話を聞いて、厳しい顔をした。

「ルディ。お前には必要ないかと思って、まだ引き継いでいなかったことがある」と、ウィンダーグ氏は私達の前で打ち明けた。「ディーノドリン署の、中核コンピュータを操る方法だ」

「それは、どうやって?」と、ルディさんは驚く気配もなく、すぐに的確な質問をした。

「中核コンピュータには、意思を持たせてある。もちろん、私に従うようにね」そう言って、ウィンダーグ氏は、ジャンさんに指示を出した。

ジャンさんが、書斎の戸棚の隠し扉から、ノートパソコンを取り出した。

「ディーノドリン署の『全て』のデータを引き出せるのは、この機器のみだ」と言って、ウィンダーグ氏は、キーボードの上に手をかざした。

パソコンに触れることなく、電光のような光が、キーボードに何かを打ち込む。唯の起動用パスワードにしては、異様に長い。どうやら、何かの呪文のようだ。

最後のスペルが撃ち込まれると、ノートパソコンが起動した。

黒い画面に、白い文字で、「マスター・ナイト・ウィンダーグ。ご命令を」と、記されている。

「『アリア・フェレオ』に関する情報を提供せよ」と、ウィンダーグ氏は言葉で言った。

回答はすぐに来た。パソコンの画面に、白い文字と私の似顔絵が並ぶ。

「アリア・フェレオ。現在22歳。アミュレット技師。古代語と現代語に関する知識を持つ。魔力を込めた文字を操ることを得意とする。

出身地を偽造していたことから、違法な教団との関りが疑われ、居住地のシャーロン市とコットムのアパートが摘発されたが、既に消息を絶っていた。現在行方不明。

髪の色、ブロンド。瞳の色、シアン。指名手配中。なお、摘発されたアパートから、魔術に関する品は見つかっていない」

海獣からだけじゃなくて、人間の世界でも指名手配犯になって居たことが分かって、私は寒気を覚えた。

ウィンダーグ氏は、冷静な顔で次の命令をした。「消せ。アリア・フェレオに関する全てのデータを抹消しろ。手配写真、一枚も残さずに」

画面が一瞬真っ黒に戻り、文字が打ち出された。「承知いたしました」

ディーノドリン署の方向から、種類は分からないけど、何者かの魔力が拡散するのが分かった。

しばらくして、魔力の拡散が治まると、またパソコンの画面に文字が浮かび上がった。「データの消去が完了しました」

「よろしい。仕事に戻れ」と言って、ナイト・ウィンダーグ氏が再びキーボードの上に手をかざすと、

「またお会いできることを楽しみにしております。マイ・マスター」という一文が表示されて、パソコンは閉鎖され、ウィンダーグ氏はそのパソコンを魔力でシールした。

「さっき、外を走った魔力は?」と、私が聞くと、ウィンダーグ氏は声色を緩めて答えた。

「トム・ボーイの魔力です。ああ、ディーノドリン署の中核コンピューターのことですよ。約40年ほど前に、私が魔力を植え付けてから、ここまで躾ました。中々大変でしたよ。いつまでも子供みたいで」

「だから、トム・ボーイなんですか…」と、私が変な所に納得してると、外で炎の燃えている気配がした。

ルディさんも気づいたらしく、目を赤く光らせて遠くを見回し、「あなたの指名手配写真が焼かれているようですね」と言った。「焼いてる本人達に自覚はないようだ。みんな、夢遊病みたいに写真を焼いてる」

「止める人はいないんですか?」と、私が聞くと、ナイト・ウィンダーグ氏が、「ご心配なく。今のディーノドリン市は、トム・ボーイの手の平にあるようなものですから」と言った。

純潔の吸血鬼の育てた魔物って、すごいと思った。


ディーノドリン署だけではなく、市内全体にあった私の痕跡を消してくれた後も、トム・ボーイの魔力はどんどん拡散されて行って、シャーロンやコットムでの私の活動記録も抹消された。

私は、魔女狩りからは逃れられたけど、また名もないアミュレット技師に戻ってしまった。

お父さん達まで私のこと忘れてないかなぁって心配だったんだけど、その事をウィンダーグ氏に聞いたら、

「ディオン山には娘の結界が張ってあるでしょう? そこまではトム・ボーイも侵入できません。彼女の魔力の質は、私のものと似ているので」と答えてくれて、私はほっと胸をなでおろした。


私の記録が抹消されて、一つ困ったことがある。ルルゴが、ラックウェラー財団から、解雇されてしまったのだ。

どうやら、私の情報が無くなった財団は、ルルゴが長期無断欠勤をしていると判断したらしい。ルルゴは着の身着のまま、職を失ってしまった。

「ルルゴ一人くらいなら、私が食べさせてってあげる。今まで通り、私の執事で居てよ」と言ったら、ルルゴは涙腺が崩壊したみたいに泣きじゃくっていた。

ここしばらく、ルルゴは泣きっぱなしだなぁ。