Trill's diary Ⅳ 8

お父さんからウィンダーグ家に手紙が来た。私が宣言通り夏至の祭に行かなかったら、テイルも宣言通り、祭でバイオリンは弾かなかったそうだ。

私はお父さんに返事を書いた。人間の世界で魔女狩りが始まっていることと、ウィンダーグ家に身を隠しているのにも限界があること。

私は、まだアミュレット技師として身を立てることを諦めたわけじゃない。

だけど、いくらウィンダーグ家が鉄壁の守りを施された屋敷でも、そこから別種の魔力を持った物が外へ出れば、「追跡」される可能性もある。

ウィンダーグ家の人達と、「本当の血縁」でないことを、こんなに呪わしく思ったことはない。

独り立ちじゃなくなっちゃうけど、ディオン山に戻っても良いだろうか?

そんなことを書き綴って、カササギ君に手紙を任せた。


ある日、彼は突然ウィンダーグ家に来た。いつもの草を編んだ服ではなく、私のお母さんの作ったらしいフォーマルウェアを着て、革靴を履いて、髪を短く切って。

「僕は、テイル・ゴーストと言います。トリル…いえ、アリアを迎えに来ました」

なんであなたが山から下りてくるのよ! って思っちゃったけど、「迎えに行く」って言ってた通り、ちゃんとテイルは私を迎えに来てくれたわけ。

この日のために、お父さん達から、列車の乗り方や馬車の停め方、言葉遣いや礼儀作法まで、きっちり仕込んでもらったらしい。

私は、まるで嫁ぎ先に送り出されるみたいに、ウィンダーグ家の皆さんに祝福されながら、ルルゴとエッジを隠したランプと、仕事道具を詰めた鞄を持ってディオン山まで戻った。

ゾンビの執事さんが、ルディさんの指示通り、花吹雪を撒いてくれていたのが、なんだかおかしかった。


ディオン山に到着したら、テイルが私の片手を握って、先に立って歩き始めた。

「そんなに急かさないでよ」って言ったら、「もうすぐ日が暮れる。みんな、お前が帰ってくるの待ってるんだ」ってテイルが言うから、お父さんが焦れてるのかなーなんて思ってた。

そしたら、岩屋に着くなり、テイルは「後は任せた」って言って、私を岩屋の中に押し込んだ。太った2人の魔女が私を押さえつけ、肌着だけに脱がしたかと思ったら、真っ白いドレスを着せた。

季節の花の花冠を頭に乗せられ、ブーケを持たされ、ベールをかぶせられて、二の句も告げないどころか、一の句も言わないうちに、私は岩屋の外へ追い出された。

岩屋の外では、ディオン山に住んでいる魔術師や闇の者達が、小さな灯りを持ちながら、祭を行なう広場まで両脇に列を作っていた。

ショートカットのテイルが、私の手をつかんで引っ張って行こうとする。

け、結婚式だー! って察した私が、「ちょっと待って、まだ心の準備が」って言ってたじろいでたら、テイルが私をお姫様だっこして、だーっと駆け出し、祭の会場までかっさらった。

その様子を見て、魔術師や闇の者達は、拍手喝采と口笛の嵐。私はとんでもない数の注目を浴びて、緊張の渦。

祭の会場に到着すると、ディオン山の習わしに従って、菩提樹の前に立った私のお母さんが、古代語で「婚儀の契約」のスペルを唱え、最後に私達に指輪の交換をさせようとした。

テイルは、素直に私の左手の薬指にプラチナの指輪をはめてくれた。私はとんでもなく緊張しちゃって、お母さんから渡された金細工の指輪を持ったまま、微動だに出来ずに震えて固まってた。

気まずい沈黙に耐えかねたらしく、私にピッタリ付き添って来てたエッジが、一瞬鬼火の姿から小人の姿になると、私の後ろ頭を蹴った。

私がバランスを崩して転びかけた時に、テイルが自分の左手の薬指で、私の持っていた指輪をキャッチした。

私はテイルの腕の中にずっこけて、顔面をテイルの胸にぶつけて、花冠と髪の毛がぐちゃぐちゃになった。

なんか変な結婚式だったけど、契約の儀式がちゃんと終わったことを確認して、木陰から見ていたらしいお父さんが、指笛を吹いた。

列を作っていた山の者達が集まってきて、後は飲めや歌えやの宴会だ。

私は急展開に頭がついて行かなくて、赤面したまま動かないお人形に成っちゃったし、エッジは私達の周りに鬼火の光をまき散らしながらニヤニヤしてたし、ルルゴはやっぱり泣きっぱなしだった。


朝が近づいて、宴会がお開きになると、私達はようやく岩屋でゆっくりくつろぐ時間をもらえた。

「心臓とまるかと思ったよー」とテイルに文句を言ったら、「また、いざこざになる前にきっちりけじめつけろって、トリルの父さんに言われたんだ」って、相変わらずテイルは素直に答える。

「君は私のお父さんに言われないと行動できないのか?」って皮肉を言ったら、「私達の、だろ?」って言われて、改めて結婚したんだなぁと思った。

「なんか、こう…結婚ってロマンチックなものだと思ってた」と私が言ったら、「ロマン?」と言って、テイルは何か考え込んでいた。

鬼火の言葉に、「ロマンチック」って言う語彙はないらしい。

「じゃぁ、今日から私はあなたの妻になったわけで、これからよろしくお願いします」と、ようやく普段通りに挨拶をすると、テイルも、「よろしく。マイ・パートナー」って、お父さんと同じふざけ方するの。

「君の手本は、何処まで行っても私の…じゃなくて、私達のお父さんなんだね」って言ったら、「俺はまだ18だから」って今更言うし。

「私には、まだまだ何処かに15歳のトリルちゃんが住んでるみたい」って言うと、すっかり私より背の伸びたテイルは、私の頭をクシャっと撫でて、「トリルでも、アリアでも、お前はお前だ」って言てた。

「じゃぁ、私の中の『トリルちゃん』の面倒を、お任せしても良いの?」って聞いたら、「持ちつ持たれつだ。俺だって、これからどんどん大人になる。ご教授を。アリアさん?」なんて言って、一礼された。

テイルが髪の長かったころ、荒縄で結んでた辺りを撫でて、「髪、切っちゃったんだね」って言ったら、「長いほうが良かったか?」って聞くんだもん。本当に素直な少年だ。

「ううん。短いほうがカッコイイ」ってほめておいた。

「男の髪だが、バージンヘアだったからな、結構いい値で売れたんだぜ?」と、何処からか、酔っ払った赤毛の悪親父が乱入してきた。お父さんが、顔が赤くなるほど泥酔するのなんて、初めて見た。

後からお母さんに聞いたんだけど、テイルが、「トリルを迎えに行く前に髪を切る」って言い出した時から、お父さんは少しやさぐれ気味だったらしい。

ほとんど自棄になって、町の理髪店にテイルの髪の毛を売りに行って、「なんだなんだ。どいつもこいつも背だの髪だのばっかり伸びやがって」って、テーブルに顎を預けてぼやいてたとか。

年代物の赤ワインを水みたいにがぶがぶ飲んでるお父さんに、「結婚しても、あなた達の娘であることは変わらないんだよ、お父さん」って言って、お父さんが空けかけたワインボトルをひったくってやった。