それは10光年未来に向かって飛ばされたはずの手紙でした。
なんの間違いか、その手紙はまた10光年をかけて、戻ってきてしまったのです。
科学者達が居たら、そのタイムカプセルを空けてみたいと思ったことでしょう。
ですが、その頃はもう科学者なんて職業は無くなっていて、一般の人でも20光年も昔のものなら簡単に解析できるようになっていました。
ある家族が、落下傘に乗って空から降ってきた、一つの大きな筒を手に入れました。
男の子が、中に入っていたチタン合金のレコードを見つけて、「聞いてみようよ」と言いました。
どうやら、電子レーザーにかけるためのレコードらしいのですが、それは1枚だけでなく、なんと多いことに240枚も入っていました。
それを1枚ずつ聞いてい行ったところによると、20光年前の地球人達は、宇宙の何処かにいると思われる、自分達と同じ言葉を使う人間型の生命体に向けて、メッセージを送っていたようなのです。
子供から若者から老人、男女や皮膚の色や言葉の違う者達、夫々の代表のメッセージが入っていました。代表者の姿は、夫々の民族衣装をまとってホログラムの中に映し出されました。
「昔の人は、今よりずんぐりしてたんだな」と、お父さんが言いました。
「食事に困って無かったって事よ」とお母さんが言いました。「今は、生き物を食べるのなんてナンセンスだもの」
「春になると、緑の丘に花が咲きます。一番多いのが、たんぽぽの花です」
と、ホログラムの中の着物姿の女の子がしゃべりました。
「たんぽぽは、黄色くて小さな花弁がいっぱいついていて、秋には白い綿毛になって、風でどんどん種を飛ばします」
その家族は、親戚も合わせて全員で14人いましたが、誰もその20光年前の少女が語るような風景を観たことがありませんでした。
一家の家は荒野の真ん中にありました。岩と砂と、わずかな水源地、でも、光と水があれば、その頃の人間達は食糧を創り出して生きていけるようになっていました。
それはどんな食べ物かって? それは、まだ20光年以上昔に住んでいる私には分かりません。でもきっと、パリッと齧って食べる、美味しいクラッカーのような食べ物に違いありません。
最後の1枚のレコードをとりだした時、その家族の女の人が、筒の中を見てびっくりしました。
筒の中は2重底になっていて、その下の底のほうで、何かが動いたのです。
それは、小さな少女の姿をした、20光年前のアンドロイドでした。
レコードが読み上げる最後の文章が聞こえてきます。
「宇宙の何処かにいる同胞よ。あなたに仕えるアンドロイドを同封しておきます。名前は好きにつけて下さい。あなたが命じれば、『はい。ご主人様』と言って、言うことを聞くでしょう」
20光年前の世界から戻って来たアンドロイドは、よくできてきて人間とうり二つでした。でも、見たことのない服装をしていました。
14人の家族は、少女の姿をしたアンドロイドを囲んで、「名前は?」「どうして戻ってきたんだい?」等色々聞きましたが、少女は黙ったまま困った顔をしていました。
「きっと、ご主人様が『余計なことはしゃべるな』なんて言ったんだよ」と、女の子を見つけた女の人が言いました。
それはきっと大正解のようで、アンドロイドは子供のようにその女の人に懐きました。
荒野の家族が、アンドロイドの少女を連れて、馬を走らせ、水を得るために水源地に向かっていた時です。
観たことのない馬に乗っている人が、家族達とは反対の方向からやってきました。
カウボーイハットを被り、ジーンズとシャツのラフな格好で、何故か顔には、何処かの民族的なお祭りにでも出てきそうなメイクをしています。
アンドロイドを見つけた女の人と一緒に馬に乗っていたアンドロイドが、嬉しそうにはしゃいでいました。
「ルゥルゥ。ようやく着いたんだな」と、その見知らぬ人は言いました。声の質と体格からして、どうやら男の人のようです。
「ご主人様!」と、アンドロイドは言って馬から降り、10光年以上の旅をして来たご主人様に飛びつきました。
「おいおい。勘弁してくれ。お前は結構重いんだぞ」と、10光年先から来た旅人は言いました。
「あなたが、あのレコードを送り返したの?」と、女の人は聞きました。
「そうだよ。あのレコードは、僕の星中で話題になったさ。でも、何処も言葉が統一されていないらしいと分かったんでね。手紙を送り返す代わりに、僕とルゥルゥとあのレコード達をこの星に送ることにしたんだ」
「言葉なら、もうずいぶん昔に統一されてるよ」と、家族の中の男の子が言いました。「それにしても変なメイク。なんでそんな顔してるの?」
「変かい? 礼儀を尽くしたつもりなんだが」
その男の人の来た星の人は、どうやら20光年前のお祭りの映像を観て、人前に姿を現すためのとても大事な儀式なんだと思ったようです。
「予定より僕のほうが早く着いてしまってね。僕も、親切な家族に助けられたものさ。おかげで、ちょっとだけこの星の事情も分かったよ」
異星人の男の人は、そう言って片手を差し出しました。「この星で、友人に逢ったときはこうするんだろ?」と男の人が言うと、男の子がその手を握り返しました。
異星人の男の人はみんなと握手をかわし、その晩は14人の家族と一緒にみんなで、貴重な保存用の薪に火をつけ、焚火を囲んで団欒をしました。
「御馳走を用意できないのが残念だな」と、お父さんが言いました。
「そんなことはない。この色んな味のするクラッカーは、僕も大好物なんです」と言って、異星人の男の人は頬をいっぱいにしてクラッカーを齧りました。
ホログラムの中の、バグパイプを持った演奏者が、陽気な民謡を奏で始めました。
「この音楽が実に良い。僕は、この音楽が廃れてしまっていないことを気にしていたのですが」と異星人の男の人が言うと、
「欧州に行けば、まだ伝統的に受け継がれているよ」とお父さんが説明しました。
「よし。ルゥルゥ。次の目的地は欧州だ。この音楽を演奏してくれるパフォーマーを探しに行くぞ」
異星人の男の人が言うと、女の子のアンドロイドは、「はい。ご主人様」と答えました。