ウィンダーグ家からの依頼で、リム・フェイド博士の手伝いをするため、私とお母さんは、ダンキスタンと言う田舎町の研究所に居た。
私とお母さんが元から住んでいたオルドックの町も、相当田舎だったけど、ダンキスタンはそこよりもっと田舎。
しばらく研究所暮らしが続いてから、私だけ「別の施設」に呼び出された。フェイド博士の話では、新しい計画のために、私の助けが欲しいと言う事だった。
「探知」の紋章を描きこんだ地図を見ながら、博士の居場所に行くと、そこは閉鎖された病院だった。
「失礼しまーす」と、誰もいないだろうと思いながら受付に声をかけて、フェイド博士の居る方向に向かうと、ほんの少し、魔力のような力を感じた。
近づくにつれ、その魔力の気配はどんどん強くなって行く。
ある病室を覗くと、緑色の光が見えた。守護の結界を張ってるんだと言う事は、私も元・魔法使いとしての知識で分かった。
「さぁ、主役が到着したようだ」と、フェイド博士が言った。「レティ君、総仕上げは近いぞ」
フェイド博士に呼びかけられたのは、まだ20代ほどに見える、がっちりとした体つきの青年だった。私に気づき、守護の結界を張っている魔法陣の中から出てくる。
「はじめまして。君がレミリア?」と、青年は私に片手を差し出しながら言った。私が握手を返すと、「僕はレティ。君のおじいちゃんの…ちょっとした知り合いだよ」と青年は名乗った。
病室のベッドの上には、作りかけの機械人形があった。全身はまだ骨組みだけで、頭と胸の部分だけはしっかりとした機械の塊がついている。
私が、機械人形を呆気にとられたように見ていると、「今は、発電機の取り付け中。部品は揃ってるんだ。後は組み立てるだけ」と、レティが説明してくれた。
フェイド博士が言った。「しかし、何せ時間が無い。レミリア、君には、『彼女』のことをしっかり知ってもらわなきゃならないんだ」
「『彼女』って、この人形を?」と、私が聞くと、フェイド博士は頷いた。そして、とんでもないことを言い出した。
「レミリア。君の住んでいた町には、まだ感染は拡大していないが、実はこの国で『ウェアウルフ化』の病が蔓延しつつあるんだ。この病についての知識は持っているかい?」
私は、ディオン山に住んでいた頃、祖母であるミリィから教えてもらった『ウェアウルフ化』の知識を思い出した。
ウェアウルフ化は、狂犬病によく似た病で、病原体を持った獣に噛まれたり、唾液のついた爪で引っかかれたりすることで感染する。
保菌者は、一定の潜伏期間を経ると、月の光に反応して「獣」に化けるようになる。保菌者は主に生肉を主食にし、獣に化けている間に、「狩り」を行なうことが多い。
発病すれば日光を浴びるまで人間には戻れない。だが、月の光を浴びない限りは、人間の姿と人格、習慣を持ったまま、死ぬまで発病しないこともある。
狂犬病と違う所は、保菌者は「発病」しない限り一定の知能を持ち続け、唾液だけではなく血液にも病原体を持つことだ。
そして、その病原体を持った者が子孫を残した場合、「ウェアウルフ化」の病状も一緒に遺伝して行く。
頭の中でその情報を思い出し、「知ってます」と答えた。「でも、この国でウェアウルフ化の病が広がってるなんて…聞いたことありません」とも。
「下手をすれば、国民を全員抹殺しなければならないことになるからな」と、フェイド博士は言う。「公には隠されているが、大都市では人口の激減を起こす事態になって居るんだ」
私は、「突然変異した病原菌」の話と、「感染者の殺処分」がこの国で決定されたこと、その処分のための「兵器」として、今、寝台の上にある機械人形を作って居ることの説明を受けた。
「器には魂が必要だ」フェイド博士が言う。「人工知能が『人間』を理解するまで学習をさせている時間はない。レミリア。君の力で、この『器』に合う魂を呼び出してほしい」
「確かに、私は霊媒師ですが…」と、私は少しためらった。「降霊を行なうには、時間とエネルギーが必要です」
「だからこそ、今君に来てもらったんだ」
フェイド博士は言う。
「レティ君がこの町に居られるのも、あとわずかだ。もうすぐ、この国で長距離列車の廃止が決まる」
「僕も、家に面倒を観なきゃならないパートナーが居てね。安全に帰れるうちに、こいつを仕上げなきゃならないんだ」と、レティも言う。
私はしばらく悩んでから、「解りました。何とかします」と答えた。人工知能に宿せる霊体にめぼしは付いたが、「彼女」の本体は隣の国に居る。
しかも、「彼女」はひどく複雑な意識構造を持った魔物だ。単体だけ呼び出せる自信があるかと言われたら、五分五分だ。
その日から、私はその機械人形が作られて行く過程を見守ることになった。
胴体を組み立てる時、私が数日間に渡って霊術を施した鋼玉を、「コア」として数か所に埋め込んでもらった。
レティ博士は、基礎である合金のボディが出来上がったら、その上に機器を保護する殻を取り付け、表面には人間の肌に似た質感の、丈夫な「皮膚」を取り付けた。
髪を植え付けた頭皮と、顏には体のものより繊細な「皮膚」を植える。
私が不思議そうに見ていると、レティが「顏の皮膚は、表情を作っても、たるみきってしまわないような素材で作ってるんだ」と説明してくれた。
戦いに行く「兵器」に表情が必要かは分からないが、確かに「魂」を宿した者なら、多少の表情はあったほうが、私としても嬉しい。
もし、上手く魂を宿すことが出来た後、「彼女」と行動を共にするかもしれない。いや、「彼女」と2人きりで、ウェアウルフ化の病が進行している中に取り残されることだってある、そんな予感がした。
私の嫌な予感は、よく当たると言うのは、子供の頃から知っている。
人間の姿をした「彼女」が、起動に必要なエネルギーを「充電」している様子を見ていると、レティがさっそく帰り支度を始めた。
「フェイド博士。後は頼みます」と言って、レティはフェイド博士と握手をした。そして私の方を向いて、「レミリア。使用上の注意は、ちゃんと覚えてあるかい?」と尋ねてきた。
私は、「彼女」を組み立てるまでに聞いた色々な情報を書いたメモを取り出し、「書きもらしはないはずだけど」と言って、レティに見せた。
レティはそれにざっと目を通し、「うん。問題ないね」と言って、私にメモ帳を返した。
私は「彼女」が組み立てられている間を、無人の病院で過ごしていたので、気分転換も兼ねてレティを駅まで見送りに行った。
「レミリア。リッドのこと、あんまり怒らないであげてくれないか?」別れ際にレティは言った。「僕のところまで悩み相談に来るくらい、本人落ち込んでるからさ」
「別に怒っていません」と、私は答えた。「リッドを思い出すとイライラすることがいっぱいあるだけ」
「こりゃ大変だ」そう言ってレティは愛想笑いをすると、「僕の方からもリッドに言っておくよ。食べるものは選ぶようにね」と、手を振った。
「ありがとーございます」と私が返事をすると、車掌さんが発車の笛を鳴らす音がした。
