メタモルフォーゼ 後編

病院に呼び出されてから2週間も経った頃、ラジオを聞いていたら、ついに、ベルクチュアの大都市でパンデミックが起こって居ると言うニュースが流れるようになった。

フェイド博士の言っていた通り、時間はない。

「目の充血、水蒸気や光、音への過敏な反応等が見受けられましたら、感染予防センターへお越し下さい」

ラジオではそんな暢気なこと言ってたけど、その「感染者」達は、既に「治療」ではなく、「殺処分」されることが決まっているのだ。

17になったばかりの身で、世の中の仕組みについて知った私は、血の気が引く思いだった。

数日もしないうちに、ダンキスタンでも「感染者」の姿を見かけるようになった。買い出しに行ったとき、私も何度か「感染者」に出くわしそうになった。

見た目はそんなに「未感染者」と変わらないけど、目が血走ってて、私が力を宿した目で見ると、目の瞳孔からイーブルアイに似た光が発せられているのが見えた。

自分の能力で、「感染者」と「未感染者」を見分けられたのは、すごく助かった。

簡易結界のはり方を覚えていたのと、まだ安全な通りがたくさんあったから、「感染者」をやり過ごしながら、食糧達と共に命からがら病院に戻ったりしていた。

伝心術で、降霊術には数日かかることを伝えると、お母さんはミリィからもらったと言う、守護の結界を簡単に作れる絨毯を「転移」の術で送ってくれた。

私は、何かあった時のために、その絨毯や最低限の装備を、病院の屋上に隠しておいた。逃げると成ったら、狭い路地を通ったりするのは危険だ。

時々、お母さんから「伝心」が届いた。主に研究の詳細だった。お母さん達は、ダンキスタンの研究所に残されたフェイド博士の研究を引き継いでいる。

お母さんからの研究の報告を、フェイド博士に伝えることもあった。

「殺処分が決まった」と言っていた通り、フェイド博士は、「ウェアウルフ化」を止める薬剤ではなく、既に「ウェアウルフ」の細胞を殺傷する薬剤を作っていた。

その薬剤を、どのように運ぶのか、また、どのような改良が必要かを、引き継いだ研究員達が試行錯誤している。

それにしても、困ったのは私の力不足だ。

私が呼び出そうとしている魂、「ラナ」を、中々本体から切り離せない。

何度術をかけても、「ラナ」の意識は、器に定着しかけては、すぐに本体の方へ戻ってしまう。

「ラナ」は、複数の「視野」と、複数の意識を持つ、ある魔物の、1つの視野と意識に、私がつけた名前だ。「ラナ」の本体は、目と脳がたくさんある魔物…と考えれば良いだろうか。

「ラナ」の本体が何であるかは私は知らない。隣国デュルエーナにある、ディーノドリン市の何処かに居る事だけは確かだ。

生物として、頭と目玉がいっぱいある者が都市の真ん中に居るとしたらものすごく不自然だ。

ミリィがかつてラナを「お月様と同じもの」と呼んでいたことから、私はひとつの推測を持っていた。「ラナ」は、魔力を持った人工衛星か何かだったのではないかと。

その事もあって、人工知能に適性のある魂として「ラナ」を選んだんだけど、強力な魔力で統一されている本体から、「ラナ」の存在のみを呼び出すのはとても困難だった。

人間で言うと、解離を起こして「交代人格」を持つようになった人の、ある人格だけを切り離して、別の体に移植させようとしているのと同じだ。無茶も良い所かもしれない。

一度、成功したかと思い、私は「ラナ」と呼びかけた。だが、「彼女」は明けかけた眼をすぐに閉じてしまった。

私は疲れ切って、隣のベッドに仰向けに寝転び、手足をバタバタさせた。

「あー、もー。やっぱり無理ー」と独り言をつぶやいていると、部屋を覗いていたらしいフェイド博士が語り掛けて来た。

「レミリア。今はとても良い結果が出そうじゃなかったかい? 諦めないで、もう一度頑張ってみてくれ」

自棄になって居る所を発見されて、私は思わずため息をついてしまった。

5秒だけ寝転んでからすくっと起き上がると、「頑張ります」と私は答え、「彼女」の体に手をかざし、改めてコアの位置を確認した。

コアは6か所。此処に、魂をつなぎとめるつもりで、力を送る。

隣国にあるはずの「ラナ」の意識の気配を探し当て、集中が途切れないようにスペルを唱える。

「彼女」の体を、エネルギーが駆け抜けた。神経の代わりをする複雑な回路が、「皮膚」の上にうっすらと浮かび上がる。

成功したか失敗したかはよく分からない。だが、「彼女」は目を開けない。

その時、「ぐおっ」と言う、フェイド博士の呻き声が聞こえた。

胸から血を流し、それを手で押さえている。

「博士!」と呼ぶと、フェイド博士は、よろめきながら出入り口に近いベッドの脇まで歩き、体を支えるように、ベッドの柵に身を預けた。

「レミリア。結界を、張りなさい。君と、『彼女』は、その中に居るんだ」と、振り絞るような声でフェイド博士は言う。

私は、自分と「彼女」の周りに、霊術で白い守護の結界を張った。そして、フェイド博士を「撃った」者が居るはずの方角を、目に力を宿して見た。

弾丸の来た先と思われる遠方には、既に誰の姿もない。放たれたはずの「弾丸」を探しても、何処にも無い。

魔術を知る者か。恐らく魔力の弾丸で撃たれたんだ。と私は気づき、フェイド博士を連れてこようと、結界の外に踏み出しかけた。

「待て、レミリア」と、フェイド博士が言う。「君が、私の側に来ては、ならない。犯人の目的は、『兵器』を作らせないことだ。君も、狙われている」

博士は、恐らく直感で今の状況を認識したのだろう。

私は、フェイド博士の胸のシャツとネクタイが赤く染まり、その雫が床に落ちて広がるのを、唯見ているしかなかった。

「安心しなさい。君が、『彼女』を、作るところは、しっかり、見ているよ」と言って、博士はむしろ私を励ますような表情を浮かべた。

私は「彼女」のほうを振り返って、術を起動した。私は「ラナ」を作り上げるんだ。それが、フェイド博士の意志。

術を使っている間も、魔法陣の外でフェイド博士の「生命力」がどんどん削れて行ってるのが分かる。

メディウムなのに、私は、死に逝くものを助ける力さえないのかと思って、悔し涙が出た。

私は、守護の結界を維持しながら使えるだけの霊力で、最後の儀式を行った。

私の背後で、崩れるようにフェイド博士が倒れたのが分かった。


「彼女」が完全に目を開けた。そして、私の名前を呼んだ。私は、感極まって、「彼女」に抱き着いた。

フェイド博士の死、旧友との再会、一人ぼっちになったかもしれないと言う孤独感からの解放。そんなものが合わさって、とにかく私は子供みたいにわんわん泣いた。

ラナは目を覚ました時から冷静で、「落ち着け、レミリア」と呼びかけてくれた。

私はひとしきり泣いて落ち着くと、ラナの服を取ってきてあげなきゃと思った。今まで、機械としての「器」しか見て無かったけど、動いて喋るようになると、「彼女」が裸であることを認識した。

病院の一室に、洗って乾燥させてある入院着が放置されていた。少し埃っぽかったので、よく叩いて埃を落とすと、それを持ってラナの居る病室に戻った。

「ラナ。お待たせ」と声をかけると、ラナは不思議そうにフェイド博士の遺体を見ている。

まだ、この時は私も事態をしっかり理解してなかった。

今終わったことも、これから起こることも。