184 「猫さんが行く」

猫さんは ある日 ご主人が飲んでいた珈琲をぺろりとしてしまいました

ミルクの匂いがしたはずなのに それはずいぶん苦い物でした

「ああ苦い なんて苦い ご主人はこんな毒みたいなものを飲んでいるのか」

猫さんは お目目をくしゃくしゃさせながら 水を探しました

ちょうど キッチンの水道が ぴしゃん ぴしゃんと鳴っていました

「よかったよかった。水があった」と思って 猫さんは水を受けていたボウルの中に頭を突っ込みました

すっぱいオレンジの香りのする洗剤の混じった水を 猫さんはぺろりとしてしまいました

「ああ すっぱい なんでご主人はこんな溶液で食器を洗うんだ」

いよいよお水が飲みたくなってきました もう 猫さんのお口の中は めちゃくちゃです

いつもご主人が水を置いておいてくれる場所に行くと 水の中に猫さんの毛が入っていました

「お水を換えてくれていないではないか」猫さんは立腹しました

「なんたることだ 毒のようなものを飲んで 毒のようなもので器を洗って 僕のお水を取り換えるのを忘れるなんて」

いよいよ 顔中をくしゃくしゃにしながら 猫さんはご主人を怒ろうとしました

「まったくもって成っていませんぞ ああ 本当に成っていない 僕をなんだとお思いですか 猫でありますぞ」

と言うと ご主人は「ああ お水換えて無かったね ごめんね」と言って 新しい水に取り換えてくれました

猫さんは怒り足りなかったので 水に注文を付けました

「なんですか この水は 温かくない カルキ臭い いつものミネラルウォーターはどうしたのですか」

「あれー 飲まないねぇ」とご主人は言いました。

「今は一刻を争うときなのです」猫さんは言いました「すぐにミネラルウォーターを出しなさい」

「何をにゃぁにゃぁ言ってるの?」とご主人は言いました。「喉乾いたんでしょ? 飲みなさいよ」

「僕はいつものミネラルウォーター以外 口にいたしません」と言って 猫さんは水を探す旅に出かけました

階段を上って、キャットウォークを渡っていると 部屋の隅っこにミネラルウォーターのペットボトルが入った箱がありました

「ああ あんな所にあった」と思って水の所に行こうとした猫さんは キャットウォークから落っこちてしまいました

危うく床まで落下するところでしたが なんとか柔らかい ソファの上に降りられました

「全く 波乱万丈な猫生である」と猫さんは言いました「しかし 僕はもうあの箱にミネラルウォーターが入っていると分かっているのだ」

そうして猫さんは段ボール箱の中のペットボトルをくわえて引き出すと ペットボトルの殻を食い破って水を飲みました

それは実に口の中をバチバチと叩く苦くて不味い水でした

「それは炭酸が入っているんだよ」とご主人が言いました「悪戯しちゃだめでしょ」

「ああ不味い なんて不味い 一寸の隙もありゃしない なんたる悲惨な猫生だ」と言ってすっかり諦めた猫さんは腹を出して眠ってしまいました