サブターナがイブと成ってから、三年が経過した。その十六歳の女の子は、悩んでいた。最初に生まれた子供であるアベルと言う男の子と、二番目の子供であるカインと言う女の子は、どうしても仲良くなる気配がない。
アベルは実年齢が三歳であるが、既に五歳児程度の姿を手に入れていた。だが、喋る言葉や身振りは、赤子の頃のそれと全く変わらない。
カインの本体は、胎児の姿の得てから成長する事はなく、ポッドの人口羊水に浮かんだままだ。その本体が膨張する原因は、つい先日に分かったばかりだ。
「やっぱり、放射の泉のエネルギーが、おかしかったんだね」と、サブターナは空中照射した資料に目を通しながら、読み上げる。
「放射の泉の『向こう側のエネルギー』は、それを受けた人間の体細胞を、正常なまま増殖し続ける……。原因が早めに分かって良かった」
サブターナ言う通りに、カインの体は羊水の浮力が働く限界まで大きくなっており、このまま体が膨張し続けるなら、更に巨大なポッドが必要だと言われていた所だったのだ。
「アベルが来た!」と、魔神の子達が叫んだ。彼等はカインの疑似形態を連れ、カインの本体がある部屋へと逃げる。アベルは不服そうにその姿を目で追ったが、追いかけはしなかった。
アベルは、未だに這って移動している。そんな子供を、足だけで立てるように教育しようと、魔神達は彼の両手を持ち上げ、立ち上がらせようとする。
「やっ!」と言って、アベルは何とか魔神の手を振り払い、四つん這いになろうとする。立ち上がらされても、歩を進めず、靴に包まれた足を引きずった。
「アベル。もう、這って歩く時間は終わりだ。ちゃんと、自分の足で歩くんだ」と、教育係の魔神が叱責する。
「やぁや!」と、アベルは抵抗する。掴まれて空中に浮かせられた両手に体重を預け、「やぁやぁやぁやぁ!」と、泣き叫びながら、足を引きずっている。
何時息継ぎをしているかも分からない大絶叫と号泣に根負けして、教育係の魔神はアベルの体を抱え上げる。五歳児の姿の三歳児は、抱き上げられるとピタリと大人しくなり、口に自分の親指を持って行った。
やがて、アベルの全身の透過写真が撮影された。五歳の体を持つ子供としては、足の筋肉が著しく細い。その上、頭蓋骨は継ぎ目の部分が異様に薄く、脳を守るためには不十分なほど脆く出来ていた。
その結果が出てから、「アベルは、自分で歩かないほうが良い」と判断された。何時でも、子供用の椅子に座らせ、彼が動かなくてはならない時は、抱き上げる事になった。
アベルを歩かせようとしてた教育係の魔神は、アベルの脆い頭を優しく撫で、「ごめんな。無理に歩かせようとして」と謝った。
アベルは、金輪際、自分の足で歩かなくても良くなった。這って歩く事さえ優しく制止され、頭を守るヘッドギアをつけられた。
彼は、それを「王冠」なのだと思った。この城の者達は皆、アベルに奉仕する事を決めたのだと、盛大に勘違いをした。
それまで城の中を逃げ回るのが大好きだったアベルは、「王冠」を得た事で満足した。何処かに移動したい時は、魔神を呼びつけて抱き上げさせれば良い。
しかし、魔神達にどれだけ命令しても、入れない部屋がある。巨大な体を持った白髪の老人が眠って居る部屋だ。アベルは、その部屋の老人の面倒を看ている女を、どうにか従わせようと言う野心を抱いている。
赤子の仕草をするアベルに対して、従う様子を見せなかった巨人族の女だ。彼女は、眠って居る老人の面倒を看る仕事をしている。その女に、自分を抱え上げさせ、あの眠り続ける老人の上に捧げ持たせる事を夢見た。
アベルの望んでいる「王位」は、そのような短絡的なものである。誰しもが自分のために奉仕すると決めたのなら、あの女だって言う事を聞くはずだ。
なのに、抱き上げられて移動する状態では、そもそも部屋に入れない。そこでアベルは、城の中が寝静まった折、一人で、巨大な老人の部屋に行ってみた。勿論、這って歩きながら。
夜だが、部屋の戸は細く開けられ、明かりが零れていた。アベルは、あの女が居るかもしれないと期待しながら、部屋に入った。
そこで出遭った老人は、突然目をしかめると、ガバリと起き上がり、金属のマスクをかなぐり捨て、床を這う子供の体を握りつぶすように、片手を伸ばしてきた。
アベルは、意識を失った。
そして二度と目を覚まさなかった。
