クミンは、十二歳になった。子供の頃から教育を受けてきた魔術師であれば、独り立ちのための準備する年齢だ。しかし、クミンはまだ魔術を操り始めて二年目である。
薬作りの知識も、生物学の知識も、魔術師が知って居なければならない取り決めの知識も、中途半端なのだ。
彼の師匠である魔術師は、魔術師としてはおかしな人物だった。エネルギー的な魔力を使うのは最小限であり、常に「最近の技術」である、鉄を加工した「機械」と言う巨大な細工に仕事をさせる。
ある日、縮力魔力を込めたカプセルが、機械細工の中で爆発した。チューブに通した液状化エネルギーにその魔力が「引火」して、壁一面を覆っていた機械細工全体が大爆発を起こし、クミンと師匠が住んでいた家の一部が吹っ飛んだ。
クミンはたまたま、お使いのために家を離れており、難を逃れたが、師匠は焼けて行く家の火を消そうとして腕と顔に大火傷を負い、医者の所に運ばれた。
命は助かった師匠は、火傷を負った顔の一部が爬虫類のような皮膚になっていた。ケロイドに成ってしまったのだろうかと思って、クミンは大層心を傷めた。
しかし、師匠は手鏡をまじまじと見ながら、「これは面倒なことになった」と述べる。「なるべく、火傷のせいにしておこう」と。
それから、サイドデスクのペンとインクに人差し指でちょいと触り、ペンに口頭筆記をさせて行く。
「親愛なる愛弟子へ」から書き出し始め、「ちょっとした理由で魔術が使えなくなってしまった」と述べ、「私の事を覚えていてくれる卒業生も、お前だけになった。どうか、まだ未熟な少年に、魔術師としての道を拓いてくれないだろうか」と続け、「彼の命運をお前に託す。ヒート・ナバスより」と締めくくった。
数日後、その手紙の返事が届いた。師は、「向こうも了承してくれたようだ」と言う。それから、「お前は、これからポワヴレ・キルトンと言う魔女を訪ねろ」と言い出した。
その名前を聞いて、クミンは耳を疑った。この、何の実にもなる魔術も使わない師匠の愛弟子が、ポワヴレ・キルトン? と言う所に驚いたのだ。
ポワヴレ・キルトンの噂は、魔術師の間だけではなく、一般の世界でも知られている。伝聞紙にも名前が載るくらいの有名な魔女である。
彼女は、人間として隠居してから、山間にある小さな村に住んでいる。チャーマー村と呼ばれる、住民全員が魔術師か魔女、もしくは魔力持ちと言う、稀有な特徴のある村である。
そんなわけで、クミンは自分の手回り品を鞄に詰め、一路、チャーマー村へ向かったのであった。
途中で、何回か「ポワヴレ・キルトンの家は何処か」と、道を尋ねると、「ポワヴレの所には行かないほうが良い」と忠告された。
なんでも、ポワヴレ・キルトンと言う人物は、非常に偏屈で、外から来た人間を毛嫌いしている。伝聞紙の記者が訪れるのを心底憎んでおり、自分の妹の家系の所に取材に行けと、追い返すのだと言う。
「冬に取材に行って、頭から雪をかぶせられて帰ってきた記者も居たらしいよ」と言う噂まで聞いた。
そんな乱暴な人の所に、「弟子にして下さい~」なんて、へらへらして出かけたら、絶対何か癇癪を起こされてしまうかもしれない。だけど、他に行く所がない。
クミンは心の中でそんな事を念じたが、「それでも、其処しかないんです」と述べて、何とかチャーマー村の位置と、ポワヴレの家の特徴を教えてもらった。
実際にポワヴレに会ってみると、思ったより小柄で、目鼻立ちのはっきりした「女の子」だった。年齢的には百歳を超えるおばあちゃんなのだが、健康を保っているためか、仕草も表情も「ちょっと大人っぽい十五歳の女の子」に見える。
クミンが「ヒート・ナバスから手紙が届いたと思うのだが」と述べると、「ああ。あんたが先生の弟子?」と聞いてきた。
それに受け答えて、家に入れてもらうと、人間の声がした。同居人が居るのかと思ったが、よく見れば、小さな茶色い兎と、灰色の大きなオウムのような鳥が、人間の言葉を喋っている。
ポワヴレの使い魔なのかと怪しんだが、彼等はどうにもポワヴレに従っている様子はない。自由に、自分達の思った事を喋っているようだった。
クミンがあんまりビクビクしていたためか、ポワヴレは「喋るペットが怖い?」と、ニヤニヤしながら聞いてきた。
そこで、クミンは道すがら聞いた、ポワヴレの悪い噂を、本人に話してしまった。
聞いた本人は、つくづくと言う風に溜息を吐いて、「屋根の上に雪が積もってる日に、押しかけて来る記者が悪いのよ」と、ぼやいていた。
何でも、雪まみれになったと言う伝聞紙の記者は、スコップに雪かきをさせていた時に、わざわざ玄関を叩いたと言うのだ。つまり、自分から雪をかぶりに行ったのである。
何だか色々誤解されているようだけど、悪い人ではなさそうだ。
クミンは肩の力を抜いたが、これからの自分の命運が、目の前の「十五歳の女の子」の肩にかかってるのかと思うと、何だか申し訳ないような気分に成ってくるのであった。
