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月々徒然

記憶が解離してしまいそうだ

色々あった一日でした。数週間前から、日常的に自作曲のオフボをよく聞くようにして、オフボを聞きながら頭の中でメロディーラインを追ったり、口ずさんだりする…練習とも言えない、「慣らし」みたいな訓練をしてたんですよ。スタジオに行っていきなりオフボを聞いて驚かない練習と言うか。

その「慣らし」のおかげで、実際にスタジオに行ったときは開始からすぐに歌えたんですけど、最初はまず声が出ないですよね。口もあんまり動かせてなくて、こもった声を振り絞ってた感じだったんです。

開始からずっと録音はしてたんですけど、家では「変にクセのある歌い方をしようとしてしまう」ので、なるべく「クセを無くしてストレートに歌ってみる」って言うのをやってみたんです。

選曲が選曲だったのもあるんですけど、難しかったですね。発音がカタコトに成ったり、変な所が伸びてたり、変な所が短くなったり。

なんでその選曲にしたかと言うのは、出だしのボイスが「声を張らないと伴奏につられる構造」をしているのと、歌い終わりに「がなりのシャウト」が出てくるから、大声を出すならスタジオに行かなきゃなぁ…って思っての事だったんですけど、大声を出して言い環境にいても、声が出せない。

これはもう、心持ちの問題だと思うんですよ。その曲に感情移入できるかとか、慣れない環境(スタジオ)でも、ちゃんと表現力と言うものを操れるかとか。カラオケ屋さんではシャウトが出来るのに、スタジオでシャウトが出来ないって、本当心持ちの問題だと思います。

他人の曲には感情移入が出来るのに、自分の曲に感情が乗らないって言うのは…やっぱり、何処かで解離しているからでしょうね。むしろ、その曲を作った時の感情なんて思い出したくない。思い出すのではなく、どんどん上書きして行って、別の何かに作り替えたいんだろうと察されます。

音としての言葉なんですよ。言葉を無心に唱えたいんだと思います。其処に意味がつくかどうかは置いておいて、ある時に思った言葉の渦を音として再生して、其処に一抹の意味が乗れば良いんじゃないかと思うんです。

そう言うわけで、音と意味の解離している歌を一時間ちょっと歌って来ました。どんな声が録音できているかはまだ聞いていないんですけど、ちょっとでも今までよりマシだったら良いかな。

宅録だと、どうしても声ムラが強くなってしまうので、ムラがあまり気にならないボイスが取れてたら良いですね。

歌録音の後に家に帰って来てから映画みたいなゲーム動画を観てて、更にどんどん過去の記憶は遠ざかりました。ああ言う、素直に感動できる情報に触れるって言うのも大事ですね。

記憶が解離し過ぎて声の録音をした事を忘れないようにしよう。明日は…新しいボカソンに歌詞を載せて、今日録音したボイスで仕えるデータが無いかを調べてみよう。

使えなくても使えるように加工する事も出来るのですが…あまり難しい事をやって「超絶加工系」の声にならないようには気を付けよう。