天気予報が外れました

おかげで晴れました。週間天気予報通りに雨降りだったらどうしようと思ったけど。食料が尽きると同時に買い出しに行けました。よかったよかった。
最後の一杯のカップラーメンを食べてから、ウォーキングがてら買い出しに行ったのです。ついでに切らしていたトリートメントも買って来ました。
しばらくの間、シャンプーの時にトリートメントをしなくなったら、洗いあがりの髪が軋む軋む。触った感じもザラザラに成ってしまって、トリートメントってつけてるだけはあったんだなぁと思いました。
誰も知りたくないだろうけど、現在の僕のシャンプー事情としては。エッ○ンシャルシリーズを使っています。僕は頭皮が強くて髪がバリバリなので、シリコン入りシャンプーのほうが髪に合うみたいなのです。
そして、久しぶりに、一週間以上ぶりに、コーヒーを買いました。一日なるべく一杯のコーヒーを嗜むようにします。目が覚めないと言う理由でがぶ飲みする出ないぞ。
コーヒーをがぶ飲みしたって、眠たい時はぎりぎりまで眠ってしまうんだから。がぶ飲みするなら紅茶にしましょう。緑茶もあるし、茶を飲めば充分じゃないか。
よく考えると、「茶色」って、ほうじ茶とか番茶の色の事なんだって気づきました。確かに奴等は茶色い茶だ。
コーヒーを琥珀色って表現する時があるけど、琥珀色って割と薄いですよね。その辺りの色の濃さとしては、「薄めのコーヒーです」と表現したい気持ちとかあるんかな。
それともただの詩的な表現として使われてんかな。濃いブラックコーヒーを表現する詩的な表現ってなんかありますかね。
黒檀色のコーヒー……とか? 焙煎が過ぎてひたすら苦そうだ。焦げてそうだ。やっぱりコーヒーは「琥珀色」で良いんすかね。僕もあんまり気にしないで、琥珀色のコーヒーって書いていた気がする。
後、コンプラ的にまずいって事で、最近は「薄いオレンジ」と表現するようだけど、日本人の肌の色に近いオレンジを「肌色」って呼んでいた文化はまだ何処かに残っていますかね。
その「肌色」を絵の具で作る時に、オレンジを白で薄めて作る子供と、茶色を白で薄めて作る子供が居たんですよ。僕は茶色を薄める派だったんですけど、オレンジを薄めて作った肌色は、やけに赤ら顔に見えていました。
オレンジを薄める派からすると、茶色を薄めて作った肌色は「土気色」に見えていたんだろうなと言う事は、大人になってから分かるようになりました。
子供の頃は、「なんであんなに赤っぽい酔っ払った人のような『肌色』を作るんだろう」と、理解に苦しんでいたけど、目視での色の基準って、個人で違いますもんね。
オレンジ派からは「なんであんなに映えない死人のような『肌色』を作るんだろう」と思われていただろうさ。現代のクレヨンの基準では、「肌色」は薄いオレンジらしいけど。
まぁ、最初に肌色の作り方を押してくれた幼稚園の先生次第って事さ。今の「肌色」は、クレヨン次第なのだろうけど。健康的な肌の人が多いのだね。