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時々徒然

しょうせーつ

今の所、とても小説家さんなんですよ。先日、「猫又ジキル博士のお話」と言う猫の話を「小説家になろう」に投稿したことは前も書いたかも知れない。猫又ジキル博士の話は短編なんですけど、後続の話をこの間執筆して、話自体は出来上がってて、とりあえずデータを置いてあります。

僕はウェブ上のみにデータを残すって言う方法で何か書くのが苦手で、自分のパソコンのメモ帳に下書きをして、投稿フォームに貼り付けるって言う方法でウェブ投稿をしているんですね。

投稿フォームに貼り付けてからも、何回か見直して、誤字脱字チェックをしたり、表現が変な所を直したりしています。投稿してから変な所を見つけることも多くて、本当に僕は執筆に関して不注意な奴だと思います。

チェックしてもチェックしても変なところが見つかるって言うのは、頭の中に文章が出来上がってしまっていて、チェック時に目の前の文章を読んでるんじゃなくて、頭の中で出来上がってる文章をなぞってしまっているんだと思うんですよ。

頭の中の文章が無くなった頃に見返して、「なんか文章が変になってる」って気づくと言うパターンが多いです。

それより、猫又博士の一人称に付いて考えてみたんですけど、猫又ジキル博士は、自分を「ワタクシ」と呼びます。だけど、彼は雄猫です。本当は漢字で「私(わたくし)」って書きたいんですけど、絶対フリガナを振らないと「わたし」って読まれるよなーって思ったので、カタカナで「ワタクシ」と書いてあります。

僕が持ってる猫又ジキル博士のイメージとしては、明治大正くらいの紳士って感じなんですけど、猫又博士が振り返ってる人間達の暮らしを見てみると、どう考えても明治大正じゃないよなって思って、タグ? を「昭和」にしました。戦前の昭和だったとしても、それが290年前の出来事となると、猫又ジキル博士の世界は僕達が生きている時代より未来になります。

そう言うSF要素もあっても良いと思うので、それ込みで、今後も猫又ジキル博士の物語を書いて行くことにします。

ですが、猫又ジキル博士の物語は、あくまで短編です。短編でも、出てくる登場人物が同じって言う作品群の呼び方を最近知ったんですけど、知識の名残だけ残して呼び方は忘れました。

猫又ジキル博士の物語の第二話にあたるものを書き終わって、その後も短編を書いていたら、ついに、「小説群保存用USB」のデータ容量がギリギリになって、新しい話が書けなくなりました。

ですが、今日が〆切だった短編は、今日中に書かねばならなかったので、ある程度容量の残っていた「代替えをし終わったUSB」に小説フォルダを作って間に合わせました。

長編連載の間間に書いている、シリーズ物に影響する短編を書いていたんですけど、その短編だけ読むと唯の「変な現象が起こったね」くらいの物語です。感動も何もありゃしない。

「猫又ジキル博士のお話」を読んでくれた知人に、(猫又ジキル博士は)「小生(しょうせい)」とは言わないの? って聞かれたんですけど、「小生は、自分を卑下してる言葉だから使わないんだよ」って説明しました。

謙譲の美徳として、昔の人が自分の子供(男児)や妻を「愚息」とか「愚妻」って呼ぶ時がありますけど、あれと同じで、「小生」も、改まった席とかで謙遜する(自分の格を下げた表現をする)ことにより、相手を敬うと言うややこしい日本人の美徳精神からくる言葉なんですよ。

僕としては、猫はどう間違っても自分を謙遜したりしないよな…って思うので、猫又ジキル博士の一人称は「ワタクシ」なんです。

ついでに、猫又博士が、名付け親であっても住んでる土地の親方であっても、自分が本心から従っている主人以外には「殿」をつける所も、猫っぽい自尊心を示しています。そんなややこしい設定、誰が分かるんだと思わなくもない。