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時々徒然

死にたくなる脳

さっき脳の劣化について書いたので、続いて脳の話をします。人間と言うのは、身体的精神的にストレス(負荷)が掛かり続けると、「死にたい」と思うようになるんですよ。

通常の状態だと、滅多に「死にたくなるほどツライ」ってならないんですけど、「死にたい」って考えるのが脳の癖になってしまうと、いつでも死にたくなります。

お腹が減っているけど食べてない=「死にたい」。体が動かしたいけど動かせない=「死にたい」。眠いけど眠れない=「死にたい」。気温(室温)が体に合わない=「死にたい」。と言う風に。

これは僕の予想ですけど、なんで体の調子によって脳に「死にたい」と考える癖がついてしまうかと言うと、自分の体調がどんな状態かに興味が行かなくなってるからなんですね。

不快である状態が取り除かれると、「なんでさっきまで死にたかったんだろう」と思うくらい回復します。

さっき興味と書きましたが、現代の日本の大体の人は「会社や工場に勤めて『みんなと同じ行動が取れるように』」と、教育されています。そのために自分の心身の状態に興味を向かせず、授業と言う時間を取って、お腹が減っていても喉が渇いていても我慢したり、眠くても我慢したり、教室にエアコンが無くても我慢したり、と言う教育を施します。根性でなんとかしろって言う教育ですね。

「迷惑をかけない」「我慢が出来る」「自分を主張しない」と言う精神性が、何十年前までは美徳だとされていました。

その美徳の行きつく先に、「自分の心身の状態がどんな様子か理解できない」「理解できても、どのように不具合を解消すれば良いか分からない」と言う、脳の異常が起こるわけです。これが、自分の心身に興味が行かなくなった状態。この脳の癖を持っている人は、ある種、一番の「会社員や工場員として特化したお利口さん」なんですよ。

しかし、そのお利口さん達は、あまりに機械的に特化しすぎてて、人間として生きて行けません。例えば、脳の中で「お腹が減った信号」が出ると、我慢してしまいます。「お腹が減った信号」は不愉快な信号として抑制されて、認識できないレベルになってしまいます。だけど、お腹は空いています。頭にも糖分が来ません。脳は「このまま苦痛が続くなら生存を停止したい」と思います。

ここで、「体に起こるあらゆる不快な状態を我慢(抑制)し続けなければ生きて行けない=それなら死んだほうが良い」と言う脳の体系が出来ます。

そして立派な鬱病患者が多数生産されました。って言うのが現代の人間事情だと思います。

鬱病の人は「やる気がない」とか、「だらけている」とか思われやすいんですけど、頭の中に放出される伝達物質がすごく少ないんです。体をリカバリーする事で、多少「憂鬱さ」軽減は出来ますけど、脳の癖になるほど燃え尽きていると、その脳の癖を治すと言う治療が必要になります。脳の悪い癖を治すためのお医者さんと言うのが、心療内科や精神科と言う病院だと言う事です。

だけど、自分の子供が不登校になったから、心療内科に連れて行きました…って言う親御さんの発想は、「はずれ」です。

不登校になった=これは悪い事だ=きっとこの子の脳(心)が悪い=脳の癖を治そう=カウンセリングを受けようは、「はずれ」です。元々、正常な脳の働きを「我慢する所」がガッコウなわけですから、ガッコウ自体に行きたくないって言うのは、その子に「我慢したくない何か」「これ以上我慢できない何か」があると言う事です。