ひたすらのモフゥ

毎週土曜日にモフモフしている話を掲載し続けていたら。同じくモフモフした話を書いている人から「いいね」やフォローをもらえるようになった。
それは喜ばしい事なのだが。今後、ちょっとモフゥの率が下がるので、皆さんの求めている「モフがはばからない」表現がだいぶ減ってしまうかもしれない。
某サイトに登録している関係と、現代の流行の関係で、色んなワンアイテムと一緒に異世界転生した色んな話を読むけど、充電は?とか、流通経路は?とか、情報源は?とか、そもそも電波塔は? とか、色々考えてしまう。
その辺りは、最初に異世界転生する時に、「神様」とやらが良いようにしてくれているらしい。
なんでも神頼みなのか。と、思ってしまう。おいどんは嫌な奴なので、そんな風に思ってしまう。心の優しい異世界転生イーターの人達は、随分神頼みな世界でも、きっと優しい目で見ているから、凹まないでね。
二、三年くらい前だったらおいどんも平気で使っていた表現とか文体の手法を、他の人の作品で発見すると、「なんかこの辺り不自然だな」とか思って見てしまう。
他人様の作品を添削できるほど、大いなる作品も書いて無いだろうに。だけど、他人様の作品でも「此処不自然だ」と思うくらいなので、自分も今後はその表現を使わなくなって行くんだろうと察される。
小説を書いていると言うと、「お勧めの作品はありますか?」と尋ねられることもあるのだが、まぁ…おいどんのお勧めは大体古典に成ってしまう。
ミステリーを読んでいる人に、「何かお勧めはあるか」と聞かれたときは、アガサ・クリスティーの作品を勧めてしまった。
それから、暇つぶしの本を求められた時に、ミヒャエル・エンデの「モモ」を貸してあげた。面白かったと言ってくれたが、決してラノベ的な「刺激とファンタスティック渦巻く勢いの良い物語」では無い。
古典ばっかり読んでるから、「ゆるゆるとお話が始まる昔風文章」を書いてしまうのだろうか。だが、ハインラインは冒頭数行で世界観と展開が心地好く存在する書き方をする人なので、たぶん文章の勉強にもなると思うんだ。
昔の雑誌小説で在りがちだった、「冒頭数行で飽きられて読み飛ばされる」って言うのを防ぐために、ページを捲る前に展開を持ってくるって言う手法を使ってたんだって。
後、読者にちゃんと知識があることを前提に書くとかも、手法の一つらしいけど、説明過剰じゃないと何が書いてあるか分からないと言う読者層も居る。
そう言う、「説明を、もっと説明を…」と言う、小説ではなく、設定話が読みたい人は、大体置いて行く形になる。
ここにな、こう言う設定があって、こう言う伏線があって、こう言う風に今に至るねん。って言う風に、更新するたびに毎回説明するのは、物書きにとっては愚の極みである。
だけど、雑誌連載漫画とかでも、「そこまであった話を振り返る回」とかが無いと、読者が付いてこないと言う事が、あったらしい。ン十年前の話だが。
文章を読むときに、想像する力を失っていないかい? と、自分にも確認したい。だけど神頼みで成り立つ世界は…なんか好きじゃない。