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時々徒然

玻璃のグラス

時期的には梅雨ですが、気温としてはすっかり夏です。

そしてこの時期のYouTube等観ていますと、硝子の器に入った飲み物が目につきます。唯単に僕が気に成っているだけなので、普通の人はスルーする事かも知れません。

だけど僕の目には、硝子の器に入っている冷たいであろう飲み物が、すごく美味しそうに見えて仕方ない。

なので、通年愛用していた陶器のカップの他に、冷たい飲み物を入れるためのグラスを探しました。とりあえず、家の中に無いかと。

そしたら、使い道が無くてスプーン立てにしてたガラス製のグラス…(日本語は間違えてないけど変な違和感があるな)…とにかく透明なグラスを発見しました。

グラスの底に埃が溜まっていたので、洗って綺麗にしました。でも、何度洗っても本当に綺麗になってるかが不安。こう言うのを、日本人の感覚では「穢れ」と言うらしいです。

穢れって言うのは、一度汚してしまった物をいくら洗ってもねぇ…って言う、何か精神的に嫌だなぁっていう感覚の事らしいです。

その穢れに対しての嫌悪感は、科学的な洗剤と科学的に綺麗な水で何度も何度も洗い流して、納得が行くまでしつこく磨く事で克服してしまいました。

で、克服してしまったグラスに、冷たいドリンクを注ぐと…透き通っていて綺麗なものです。

見た目が涼しいというのはこう言う事かと思いました。

陶器のカップも良いものなのですが、色彩の綺麗な飲み物が光を透かして見えるという現象は、陶器では得られない清涼感があります。清らかで涼しい感じ。

適温で淹れてからポットの中で冷ました紅茶を注いでみても…透き通った琥珀色が美しい。

コーヒーを琥珀色と表現している作家さんが居るのは知っていたのですが、紅茶も琥珀色…であってるんでしょうか。琥珀と言うには明るすぎるかもしれない。

じゃぁ、紅茶は何色だろう。少しググってみましたが、紅茶の色を表す用語は出てきました。「どのような紅茶を求めているかを表現する用語」として。そこまで厳密じゃなくて良いのですが。

紅茶の他にも、透き通ったジュースを入れてみても綺麗です。物質的に低温かどうかも要素としては必要ですが、見た目とか気分って大事ですね。