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時々徒然

悩みの比率

さっきまで、すごく悩んでたんですよ。個人的な事で悩んでたので、どんな悩みかはあんまり書けないです。

でも、頭の中でずっと悶々と悩んでいるより、こうして文章を打ったりすると、「なんでさっきまであんな些細な事で悩んでいたんだろう」って思うんですよ。

頭の中で悩んでいた事より、さらに重要な悩みが目の前にあるではないかと思って。社会での人間関係とか、まずどうでも良いなって思った。

僕の通ってる場所は学校では無いので、みんな仕事するために集まっているので、仕事がうまく運ぶ程度の人間関係で良いんだって思ったんですよ。

それより重要なのは、作家業で成績が出せないことですね。成績って言うと、他人から認められてもらうみたいな意味になりますけど、自分主体で考えるなら「この楽曲や動画や文章の出来に満足しているか?」みたいな成績かな。

文章のほうもそうで、今までずっと「Pixiv形式」で書いて来ていた文章を、多少なり「なろうっぽい書き方」に変えて来てるんですね。短文で、簡潔に書いて、描写は最低限で、ってな風に。

そうしたら、一気に大長文を書いて、それを切り分けて「少しずつ投稿する」と言う形になりました。

作詩以外の連載を始めたわけです。

それはそれで、郷に入っては郷に従ってるわけですが、自分が納得してる所まで、読者は付いてきてくれるだろうか…って言う不安はありますよね。

後、僕が当HP時代から「デュルエーナ」と言う国を主な舞台として、Pixivで現在も連載を続けているように、その話が「終わらない物語」にならない事って大事だなって思ってるんですよ。

だけど、僕の頭の中では常に「次のあのデュルエーナの存在する世界の話」が動き続けているので、Pixivでの長期連載はそんなに簡単には終わらないと思います。

その代わり、Pixivでも書いていたことがあるように、途中途中に入る短編的連載(3話以上の物)は、スッキリ終わるように心がけています。

今書いている異世界恋愛物の「終わるまでの世界で」は、一話一話が短いので、途中で描写が居れたくなったらどうするかを考えつつ、10話前後で終わらせようと思っています。

そして、このまま「なろう形式」で書いてみて、自分でもしっくりこないと思ったら、「Pixiv形式」に戻す事を考えています。

会社での事を書くと、僕は割と恨みがましい奴だと思われてるっぽいです。その実、時間が経過した後は、割とどうでもよくなるんですよ。なので、仕事場で「なんか俺こいつに嫌われてたっぽいけど、なんでこいつ普通に話しかけてくるんだ?」みたいな反応をされるときもあります。

ドライとか言うとビールみたいですけど、割と僕の内面はドライでパッサパサなのかも知れません。

そんな僕でも、時々死にそうになることがあります。そう言う時は、大抵、部屋が寒いんですね。風呂場でシャワーした途端、「死にそうだった心持ち」が回復した事があって、部屋は暖めておくべきだなと思いました。

些末な事が頭に引っかかって「もやもやしている」のも、他人と話したり文字を書いたりして、頭を働かせてあげると「そんな事で悩まなくてもいいのでは」って切り替えられます。

これは、僕の中身が茹ですぎた卵の黄身になってるからかも知れないんですけど、他人事で悩んでも他人は変えられません。だからと言って、他人のために自分を変えてあげる必要もないんですよ。

自分は自分で、他人は他人なので。考え方が合わないんだったら、接点を少なくすれば良いのです。