毎日てくてく進みます

先ほど、僕が十代ではない事を書きました。はい、こんな挿絵を描いていても、そこそこ良い年の人です。良い年なのに、満足に歯医者にも通えていませんでした。理由は、あんまり歯医者さんへの通院と言うものを必要だと思えていなかったから、です。
歯医者と言うは、虫歯になったり、親知らずが生えたり、「どうにもこうにもならんから歯を削ったり抜いたりしてもらいに行く場所」だと思っていました。
予防通院とか、全然頭にありませんでした。昔、思い出すのも下らないくらい事ですが、僕を歯科医に連れて行く母親が、「時間とカネの無駄!」って言う顔をしていたのを、しっかり覚えていたからでしょう。
そんなインプリンティングが、つい昨日まで最高潮でした。
今日、僕は今が2023年で、2001年は22年前に過ぎていて、ついでに令和は5年で、世界は21世紀のただなかで、もう、僕の思っていた昨日は、時代のずーっと向こうになっているんだと気づいたのです。
僕は、すっかり見失っていました。てくてくと歩いて来て、歩いても歩いてもいつまでも未来にならない、あいつ等から遠ざかれない、何時になったら自由になれるんだと思ってて、もうかなり長い間のてくてくを続けていたのに、時代と時間が進んでいるのかどうかすらも分からなくなっていたのです。
そしていつの間にか、大っ嫌いな母方の親戚に似てきてしまいました。そんな自分に気づく度に、のらりくらりと「似ようとする遺伝子」をかわしていました。しかし、その「似かた」のピークが、昨日から今日に掛けてくっきりと現れました。
あいつ等に似てしまうの事の自己嫌悪が思い浮かばなくなるのが、一番危ういと思っていたのに、年老いた脳は「遺伝子に則す」事を選ぼうとしました。
僕と言う個人は、遺伝子に殺されそうになっていたのです。
その時に、困り物の患者である僕を、たぶんすごく忍耐力を発揮して注意して下さると言う、歯医者さんの心遣いに触れて、僕は自分がとても恥ずかしい奴だと思いました。
僕は自分の事も把握できなくて、うっかりしたり忘れっぽかったりするのに、過去の嫌な記憶だけはしっかり残っていて、その嫌な記憶に振り回されっぱなしでした。おまけに去年くらいからは、成長を諦め気味の老いた脳が、「楽な方に進もう」とし始めていました。
その結果、あれだけ振り回されて、つくづく人間と言うものが嫌になるくらいだった「親類」と言うものと、同じ行動パターンを取ろうとするようになってしまっていました。
今日、歯医者さんに行って、壁に貼られていた医院の宣伝に書かれていた、2023年、令和5年、と言う記載を何となくボーッと見ていて、「もう来ないで下さい」ではなく、「定期的に来て下さい」と言うお医者さんの言葉を聞いて、その時は分かりませんでしたが、家に帰ってからじっくり考えたら、僕は未来に来れたんだと分かりました。
僕はあの奇人変人達の遺伝子を、少なくとも50%は受け継いでいるのと、もう半分を占めている50%も、ほとんどろくな遺伝子でもないのと、体や脳が成長を諦めて楽をしようとするようになって来たので、とても気を付けて「遺伝子の楽な方向」に進まないようにしなければなりません。
いつも、消極的で良い人を演じているんだと思っていた僕は、割と僕の理想とした大人の姿だったのです。僕の、てくてく進んでいた時代は無駄ではなかったのです。
これからは、内面も理想の大人に近づけるように、一度踏み出しかけた「迷惑な大人」にこれからはならないように、毎日を努力します。
目標地点が見えないまま、ぼんやりしたイメージだけを頼りにてくてくと歩き続けるのは、とても長い道のりに感じます。だけど、目の前に見えていて、何時でも戻れてしまう方向に進んで、自分の望まない姿になってしまうよりは、見えない方向でも、てくてくと進んで行きます。
何時でもとても良い事を思い描いて、こんな事があったら、こんな風にしようって思っている、夢見がちさんな僕で良いのです。夢の見方は忘れちゃいけません。夢は子供が観るものなんて、誰が決めつけたんですかね。
知らない町を散歩するときは、こっちに行ったらきっと綺麗な景色が観れるかもしれないって思いながら歩くものですもの。