LuNa RhyThm official web site

時々徒然

神社を尋ねて秋散歩

残暑が厳しい上に、台風が迫っていてフェーン現象が起きています。湿っぽい熱い風が吹きつける夕方。ゼリーを作るためのゼラチンを買いに行くついでに、少しお散歩をしました。

近くにお稲荷様の神社があったはずなので、あのずらーっと並んだ鳥居を観に行ったのですが。思ってた場所になかったです。すごく近い所にあったイメージだったのに、思っている範囲にあの赤い鳥居の列は存在しませんでした。

そして、その道中にある、花のブーケを作ってくれるタイプのお花屋さんを、僕はずっとバームクーヘン屋さんだと思っていました。

もしかしたら、バームクーヘン屋さんが潰れてお花屋さんになったのかも知れないけど、あまりに近所すぎて写真を撮影して無かったので、元から花屋さんだったのか、元はバームクーヘン屋さんだったのかは分からなくなっていました。

バームクーヘン屋さんが無くなったとしても、神社がそんなに簡単に移転するわけはないと思うので、お稲荷さんのある場所はこれからも探してみます。

子供には、こぞって「神様(神社)を大事にしろ」と言うのに、なんで大人になるとみんな神社の祟りばっかり怖がったり神社の神様を「こう言う願いしか叶えてくれない神様だ」とか言い出したりするんですかね。

僕としては、神社の神様って、商品価値のために居るわけじゃないと思うんですよ。

なので、お社が立派だったり、名のある武将が建設していたり、過去に色んなドラマがあったりすると、「へー、すごいね」って思うけど、お賽銭を十円投げて、鐘をカラカラ鳴らして、手を叩いてお祈りするときって、そんなに「本当に神様しかかなえられない願い」を考えたりしないです。

お賽銭に十円を投げるのは縁が遠くなるとか言われるんですけど、十円を投げるだけで嫌な奴等との縁が遠くなるのなら、これはとても嬉しい事です。

神社の神様だって、現代の人間が「恋愛」だの「婚姻」だの「子宝」だけの悩みを抱えている人ばかりではないと分かっているはずだろうと。

ちゃんとした祀り人の居る神様は、願いをかける人に応じて相談を聞いてくれる覆面相談員みたいな存在だと思ってます。姿を見たら怒られてしまうと言うルールはありますが、それは他人様の家に行って、好き勝手をしちゃいけないって言うのと同じです。

「悩み事は何でも聞くよ。だけど、私の姿は観ないで下さいね」って言って居る、覆面相談員さんや電話相談員さんの住所や在席場所を突き止めて無理矢理顔を見たら、相談員さんは怒るでしょう?

神社は「神様が住んでくれている場所」なのです。其処にお客様の顔をして出かけてはいけないのです。会社だったら、新入社員が社長とかのおうちにお邪魔してるようなものです。おまけに人生にまつわる色んな悩み事を、どうしたら良いんでしょうか…と、相談にまでして居るのです。

そんな時は、上の方に対する礼儀や作法をしっかり頭に入れていくだろうし、口の利き方や座布団を踏まない…とかまで、細かく注意するでしょう?

「お稲荷さんは動物の神様だから参拝の順番や作法を守らないと祟る」と聞いた事があるんですけど、動物の神様であることは、あまり関係ない気がします。単純に、礼儀知らずは来るなということだろう。

僕が子供の頃に過ごした土地にあった神社の神様は、虫の神様だそうです。賽銭箱も置いてなくて、お社の中にご神体が祀られているだけの神社だったんですけど、その神様の所に毎日遊びに行っても、祟られたと思ったことは一度もありません。

そんなわけで、お稲荷さんを探したのですが、思った場所にはありませんでした。僕も、今住んでいる場所では「他所の土地から来た礼儀を知らない奴」なので、鳥居をくぐったり、お稲荷さんの写真を撮ったりと言う失礼なことはしないように気を付けてはいます。